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 「見えない・見えにくい人のためのくらし便利グッズSHOP 大活字カフェ

〒101-0051東京都千代田区神田神保町1-3冨山房ビル6階
TEL(03)3259-2200 FAX(03)5282-4362 E-mail cafe@daikatsuji.co.jp

2006年10月21日のミニ講演会


営業時間 10時から18時 日曜、祝日休み
最寄り駅  地下鉄神保町駅
(半蔵門線、都営三田線・新宿線)A7出口下車 徒歩3分
道   順 
地下鉄神保町駅(都営地下鉄三田線、新宿線、東京メトロ半蔵門線)A7出口を上がる。地上に出ると出口は歩道より5メートルほど離れているので、 そのまま直進し歩道へ突き当たる。歩道を左方向へ進み30メートルほど歩くと一つ目の信号のある小さな交差点へ出る。ここで信号を渡らずに左折、続く歩道を2分ほど歩くと左側にドラッグストアがある。大活字(大活字カフェ)はこのビルの6階。 ドラッグストアのすぐ手前にビルの入口があり、エレベーターで6階へ上がる。                                          
▲ インフォメーション
 1.地下鉄出口はたくさんあります。 駅改札係員にも確認をお願い致します。
 2.ビルエレベーターのボタンには突起シールが以下のように貼ってあります。 ご利用下さい。
※ 1階エレベーターホール、エレベーター上り呼出ボタンには一つ。
※ エレベーター内、6階ボタンには二つ、1階ボタンには一つ。



オープン! ネバーランド八千代店

 ネバーランドはアミューズメント。エム ナマエの無二の親友がやっている、家族で楽しめる胸はずむゲームランド。その数あるネバーランドに、エム ナマエの絵でいっぱいのスポットが出現。壁いっぱいのカラフルな絵たちに囲まれて、夢の世界で遊んでください。

千葉県八千代市大和田新田466-6 京成バラ園前  TEL 047-489-4121 営業時間 10:00〜24:00


東青梅整形外科医院

◆ メルヘンのクリニックにいってみませんか
 優しい先生のおられる東青梅整形外科医院はエム ナマエのミニ美術館でもあるのです。
 この3月1日に新装オープンした東青梅整形外科医院を訪れた方々は、もうご存知のことと思いますが、このクリニックほど楽しい医療施設は他には存在しないでしょう。まず、その外観です。え、ここにお医者さんがおられるの?と首をひねりたくなるような美しくて可愛い建物。扉を開けば、あっと驚き。そこにはエム ナマエの絵がずらり、ならんでいるのです。エントランスは勿論、待合室にも、廊下にも、診察室やレントゲン室、リハビリテーションルームにも、来院者に楽しんでもらおうと、エム ナマエの絵たちが壁にずらりと並んで、皆様をお待ちしているのです。
 ことの最初は昨年のこと、ここの院長、卞在正先生がエム ナマエの個展会場を訪れてこられた、という時点から始まりました。卞先生は2002年の暮れに三越日本橋本店で開催された「夢の力」展で、エム ナマエの作品を御覧になり、それら絵の価値を認めてくださっていたのです。お話をしているうちに、卞先生が新しい医院を準備なさっていると知り、おそるおそるボクが提案したのでした。
「その新しい医院を、エム ナマエのファンタジー絵本館にしてみませんか」
 卞先生はそのボクの提案に応じてくださいました。そして、3月1日に、その構想が実現したのでした。
 東青梅整形外科医院は外観は無論ですが、最も大切なドクターやスタッフが充実しており、院長の卞先生が心より尊敬できるお人柄である、という点で、エム ナマエが推薦できる医療施設です。ご近所の患者さんも、遠方の患者さんも、試しに、もしくは騙されたと思って、どうぞご来院ください。期待を裏切られることは、よっぽど変わり者の方でない限り、ないことと思います。

 東青梅整形外科医院
   院長 卞 在正 (べん ざいせい)
        〒198-0042 東京都青梅市青梅5-21-5
       TEL 0428-21-3681
       最寄駅 青梅線「河辺駅」




沖縄チュラウミ水族館

 1975年、沖縄海洋博覧会の跡地に昨年完成した世界規模の水族館です。ボクはコボちゃんとアリーナと、沖縄の友人のヒガさんといってきました。ボクの目的はコボちゃんとアリーナに、生きて泳ぐジンベエザメとイトマキエイを見て欲しい、ということでした。そして、全長5メートルの巨大な鮫、最大に成長すると20メートルになるのですが、このジンベエザメ3匹がゆうゆうと泳ぐ様子や、そのユニークで雄大な姿で知られる地球上最大のエイ、イトマキエイ(マンタ)の海中を舞う姿に、コボちゃんは感動して、
「1日中、ずっといたいわあ」
なんて叫んでいました。沖縄はちょっと遠いかもしれません。けれど、沖縄そのものが魅力的な土地なのですが、そこにまた強力な観光スポットが出現したというわけです。この水族館は浅瀬から深海まで再現された巨大な水槽もあり、ゆるやかなスロープを下りながら珊瑚礁に暮らす海洋生物から深海魚まで、まるで海中散歩をしているみたいに観察できる施設もあり、まさに世界規模の水族館といえるでしょう。ここの素晴らしさは、ボクが耳にした来訪者たちの歓声が証明してくれました。皆様も、是非とも沖縄へ


 
おおたか静流

 おおたか静流をご存じですか。恥ずかしいことに、ぼくは知りませんでした。でも、今は彼女の世界にシビれています。 
 毎日のようにCDを聴き、その言葉と歌声に酔っております。七色の歌声というか、変幻自在のミラクルボイス。コミカルにリリカルに変化する歌のニュアンス。それはまさに奇跡の生きる楽器なのです。是非、彼女の作品を聴いてください。これまで、彼女を知っている人は知っていましたが、やはり知らない人もいました。そういう方に「おおたか静流」をどんどん聴いてもらっていますが、みんな感動しております。ロンドンの郊外に、あのジョージマーティンと一緒にロンドン最高の録音スタジオを作った元パイオニアのNさんがいらっしゃいますが、その方も静流ファンになってしまったひとり。さて、この静流さんの歌声ですが、皆様のほとんどの人が既に耳にしているのですよ。
 彼女はCMソングの女王。ちょっと聴いたら、あら、この声を知ってるわ。と思うことでしょう。さて、この静流さんとぼくは一緒にお仕事をすることになりました。今年のクリスマスコンサートで彼女はぼくの童話と詩を朗読して歌ってくれます。もう今から感激なのです。そして、そう遠くない将来、彼女はぼくの絵本も歌ってくれることでしょう。では、「おおたか静流」をどうぞよろしく。なんて書いたけど、本当に彼女はスゴクて、こんなホームページで紹介するのが勿体ないくらいなんだけどな。


  オーベルジュ・ド・スズキ

フレンチレストラン オーベル・ジュ・ド・スズキ
ボクとコボちゃんはウルトラ貧乏時代から18年も通っていますが、常に温かく迎えてくれました。盲導犬アリーナも最初から快く入店させてくれました。ボクのいちばん好きなシェフのいるレストランです。フルコースで一度も同じ料理を食べたことがありません。それは見事です。こんなに研究熱心でセンスのいいレストランがありましょうか。おまけにリーズナブルな価格なのです。別に気取る必要もありません。フランス料理はぼくも素人です。いざレストランに入って、メニューを見たって何が何だか分かりません。でも、このレストランは、すべてシェフのお勧めのフルコースですので、彼女を誘っても恥をかく心配は一切ありません。その数ある料理のアレンジがいつも新しく、シェフの研究と努力を感じさせるものなのです。それも本場とは比較にならない程に日本人の舌に合った味で、いつもボクはいろいろな方に試してもらいたいと願ってしまいます。このオーベル・ジュ・ド・スズキは小田急線「成城学園前」駅から徒歩3分。
TEL(03)3417-9119 


 真 打 柳家一琴 誕生

 噺家の横目家助平が真打に昇進し、初代「柳家一琴」を名乗ることになりました。
 「一琴」とはいい名前です。そして、一琴はその名の通り、よく通るよい声の持主で、正統の古典落語の継承者として今後の活躍が期待されます。去る9月1日、品川パシフィックホテルで真打披露パーティーが開催されました。式典の最初の挨拶が一琴の師匠、柳家小三治師匠。ぼくが最も尊敬する噺家の師匠のおひとりです。師匠と弟子の間を結ぶ愛情のようなものを感じさせてくれる、とても温かい挨拶でした。そして、なんとその次にぼくがスピーチをしたのです。えらく緊張いたしました。すぐ横には真打に昇進した柳家一琴。そしてその育ての親、柳家小三治師匠。パーティーの席には本職の噺家がずらり。みんなスピーチの名手ばかり。そんな場所で、ぼくがナーンデお話ししなけりゃならないの。泣きたい気持ちでスピーチ開始。講演でも受賞の挨拶でも緊張したことなんかなかったのに、その日ばかりは本当に緊張いたしました。そこでのぼくの話は、イラストレーターになったのも、失明して復活したのも、すべて落語と寄席のおかげ、という内容でした。この気持ちをいつか形にして寄席の世界に恩返ししたい、なんて無責任なことをいいました。でも、一琴の口上書の表紙に、ぼくの絵を提供できたことは名誉なことでした。落語が好きで好きで、毎日2時間は聴いているマニアとしては、噺家さんの世界に、ちょっとでも関係できることは最高の幸せです。そして、そういうわけですから、皆様もどうぞ柳家一琴を応援してください。
 ぼくは彼の落語が好きです。おまけに一琴は根性があります。いいツラガマエをしてるそうです。ちょっとデブではありますが、またそれが個性的。いい根性をしている、というのは小三治師匠入門の条件がダイエットであり、一琴は1年で36キロも減量をしたのです。半端なダイエットではありませんよ。これはボクシングの世界チャンピオンでも難しい減量かもしれません。
 そんな根性で大阪から江戸落語の世界に入門してきた一琴という男。この名前をどこかで見たり聞いたりしたら、どうぞその芸に触れてみてやってください。きっとウナルこと請け合い。あと何年かしたら、きっと一琴はエラーイ芸人となっているかもしれません。どうぞ皆様の応援を切に希望いたします。(ここは昭和天皇の口調でお願いいたしました)



 劇団 「娯楽天国」

 謎の劇団です。「極楽天国」ではありません。喜劇集団ということになっておりますが、笑えるか笑えないかは体験者のみぞ知る。団長は森首相と共に日本の誇る天災戯作者オグラノスキー。看板女優はロリコンおじさま憧れの美少女風女優、マロンノスカヤ。その抱腹絶倒の公演にはファンも多いとか。
 二十一世紀の初公演は十一月に予定されております。今年は予算の都合でこの公演一回限り。どうぞお見逃しなく。情報はこのサイトでもお知らせいたします。


  JALホテルズ 沖縄アリビラ

 沖縄は那覇から車で約一時間、読谷村。世界で最も美しい海に囲まれた本格的リゾートホテルです。そのコーナースウィートのテラスに出れば、まるで大海原を飛翔しているよう。四方からの波音はまるで子守歌。アリビラスペシャルという味わいあるコーヒーもうまかった。
 まだまだ沖縄ビギナーのボクではありますが、今後も沖縄を探究してみようと思います。もしも沖縄にいらしたら、タクシーは三つ星タクシー353号車、比嘉哲夫氏をどうぞよろしく。素晴らしい沖縄体験を保証いたします。また、運がよければ、彼の演奏する伝統音楽や引き語りの恋歌も聴けるかもしれません。
 太陽、風、波、音楽、伝統、文化、人間。この美しき島が武器を持たず、文化と伝統を失うことなく、周囲の国々と巧みに対等な外交を展開し、沖縄を最高の誇りとしていく生き方に触れてみてください。人間だけに個性があるのではありません。独立国の個性という課題を、この沖縄で考えてみてください。


  絵本作家 木村裕一

 先日、友人の絵本作家、木村裕一の書いた芝居を見物にいきました。「キズだらけのりんご」は彼の第二作目の舞台。「あらしのよるに」以来の作品でしたが、その巧妙な舞台構成は老若男女を笑わせ泣かせるものがあります。
 最近、やたらに涙もろくなったボクも、ついジンワリとしてしまいました。木村氏とボクとは古い友人。木村裕一作・エム ナマエ絵の絵本もいくつかあります。その一冊はボクの失明前最後の作品となりました。木村氏には多数の著作やベストセラー絵本がありますので、どうぞ本屋でお確かめください。彼独特のシンプルで純粋な童話世界をお勧めいたします。


 クールドライブメイカーズ

 ボクのお勧めごきげんユニット。一度聴いてみてください。大人も楽しめるJポップ。


 ラブサイケデリコ

 繰り返し聴いているうちに自分の時代も国籍も忘れる不思議な音楽ユニット。 待望のファーストアルバムもリリースされました。 CDショップで探してください。 最近はかなりメジャーになってしまったので、ちょっと残念なのですが。


 小俣雅子

 知る人ぞ知る名(迷)番組、文化放送「やる気まんまん」のパーソナリティー。 ここで説明するよりも、どうぞ放送を聴いてください。 月金の午後1時より。でも、貴方の好みに合うかどうかは保証しません。 ボクの常識を疑う人も現れるかもしれません。 そのモノスゴイ番組に、ボクは三度も出演しているのです。 おそらく小俣雅子を知って、世界が変わる人も、きっといるだろうなと思います。

 沖  縄

 今更のように沖縄なんて何をいっているのだ。 そうお思いでしょう。 そして、そうなのです。 でも、ボクはやっと沖縄にいけるようになりました。 おかしな話と思いますか。 そのことについては「エム ナマエの部屋」で詳しく書くことにします。 ここでお勧めなのは沖縄の三ツ星タクシーのドライバー、比嘉(ひが)哲夫さんのことなのです。 沖縄のことならとっくに知っている、とお考えの方。 沖縄は初めてという方。 是非とも彼にコンタクトしてください。 沖縄最初の旅としてふさわしいドライブを経験させてくれます。 ボクが彼を好きなのは彼の沖縄への愛情と責任です。 そしてラッキーだったら彼の沖縄伝統音楽の演奏を聴くことができるかもしれません。
 ご本人の許可を取ってありますので、どうぞご遠慮なく。
 三つ星タクシー353号車  ドライバー 比嘉哲夫氏


 アルルカン

 小田急線「経堂」駅南口徒歩一分。ケーキは腕も大切。でも材料もとても大切。アルルカンのケーキの素材はすべて本物。植物性のクリームやマーガリンを使ったケーキとアルルカンのケーキの違いを是非ご体験ください。勿論、ケーキ造りの腕も最高。盲導犬アリーナ日記のケーキの写真を御覧ください。本当に素敵なケーキです。また、本物のフレッシュクリームを浮かべるコーヒーも美味。やはりクリームの素材がいかに大切かよくわかります。ですからケーキに使用される果物選びはマスターの自慢のひとつ。どんな季節でも上等のイチゴショートが食べられます。経堂店も下北沢店も喫茶店ですから、どうぞお気軽に尋ねてください。バレンタインデイのハート型エクレアは味も形も最高ですよ。ちょっとユニークなマスターにエム ナマエのホームページを見たといえば、もしかしたらサービスがあるかもね。あ、やっぱりそれはないかなあ。
 電話は経堂店 (03)5477-6651
 下北沢店は (03)3412-3985



 中華料理店 「光陽楼」

 ワンタンメンは絶品です。是非ご賞味ください。場所は小田急線「経堂」駅前。 電話は3420ー3004



 TBSラジオ「アクセス」「ラジオブックス」

 TBSラジオ月曜日から金曜日まで夜10時から11時40分までの「アクセス」はお勧めの番組です。 不特定多数の市民の声を聴くことができるユニークな企画。 現在の長野県知事もこの番組から生まれ、そして今も出演しています。それにナビゲーターの小島慶子さんが最高。 若いのか、そうでないかよくわかんないキャラクターですけれど、彼女のナビゲーターぶりは見事。 それを聴くだけで価値ありです。また、そのすぐ後から始まる「ラジオブックス」もお勧め番組。 忙しくて、読書が好きでないから、などという理由で書籍から離れている方がいたら、是非聴いてください。きっと読書の楽しみが里帰りしてきますよ。


 下村健一の目のツケドコロ

 TBSラジオ土曜日朝5時30分より始まるニュースプラザの6時よりの「下村健一の目のツケドコロ」を是非お聴きください。下村健一氏はボクの考える最もジャーナリストらしいジャーナリスト。これを本人に伝えると否定するのですが、いつも命懸けで事件に向かう彼の勇気と使命感には常に拍手喝采です。この番組では草の根ジャーナリストとしての下村健一の素顔に触れることができます。また、今後の下村健一氏の動向にもご注目ください。


 宮台真司助教授

 社会学者、宮台真司助教授。現在最も注目すべき知識人。現代世相を一刀両断にするその見識と分析力は秀逸。きっと貴方の疑問にも明確な光を投げかけてくれます。現在、宮台助教授は出演するメディアを限定しています。レギュラーはTBSラジオ、ウィークデイの午後4時からの番組「デイキャッチ」に金曜日のみ出演しています。もしもその切り口が気にいったら、今度は彼の著作を入手してください。また、都立大学の宮台ゼミナーに参加するのも面白い。一般にも開かれた興味あるゼミナーです。  


 戯作者 松崎菊也氏

 お勧め芸人は戯作者、松崎菊也氏。 その芸も最高ですが、コメディアンコメンテイターとも呼ぶべきその切り口は最高です。 面白い。とにかく面白い。 もしも彼の芸に興味あるお方はTBSラジオ月から金までの番組「デイキャッチ」、その火曜日の午後4時後半をお聴きください。 すぐにその魅力が理解できるでしょう。

 西島三重子

 ボクのお勧め歌手は西島三重子。 彼女が歌うと、その歌の本当の意味が伝わってきます。 年に数回ライブがありますので、その情報はエム・フォメーションに掲示いたします。

 東君平

 永遠の少年、東君平。画家、詩人、童話作家。強い意志と優しい心。友人を愛し、仲間から慕われていたクンペイさん。ここで、そのクンペイさんについて書かせていただきたい。
 ヒガシ・クンペイ。クンペイさんの話をしたら、いくら時間があっても足りない。それほどにボクとクンペイさんの間には密度の高い関係があった。

 まず、クンペイさんのことを知って欲しい。彼はジョン・レノンと同じ1940年の生まれ。昨年のミレーニアムはクンペイさんの還暦の年だった。クンペイさんはサトウハチローを代表とする戦後日本の詩人の中でも注目すべき存在であった。氏は切り絵による漫画家であり、童話作家であり、エッセイストであり、タレントでもあったが、東君平の中心には偉大なる詩人の魂が存在していた。一度、氏の著作に触れて欲しい。すぐにも氏の作品の虜になるはずである。

 ボクがクンペイさんの絵や文章の虜になったのは学生時代であった。その後、ボクも同業者の末端に並ぶようになり、彼も所属していた職能団体「童美連」に入会する。1974年、秋の「童美連」の旅行で、ボクは初めてクンペイさんに会った。お互い、照れ屋だったのかもしれないし、お互いにプライドが高かったのかもしれないが、ふたりで話をすることはほとんどなかった。ただ、ボクが彼を尊敬していることだけは伝わったらしい。その後もパーティーやスキー旅行で、なんとなく距離をおきながら話をするようになっていた。

 ボクとクンペイさんの間にあった柵が取り外されたのは、1977年のケニア旅行のときだった。お互い初めてのケニア。旅の間、ボクたちの距離はみるみる縮まっていく。気がついたとき、ボクたちはいつも隣にいた。ホテルのバーで、喫茶店のテーブルでサバンナのロッジで、ボクたちはいろいろな話をした。そして、いつも一緒にビールを飲んでいた。
 帰国してから、月に何度も夜の新宿で待ち合わせ、飲んだ。一緒に旅もした。ペンション絵夢はクンペイさんお気に入りの宿屋になった。

 当時のボクは売れっ子ではあったが、業界での評価はあまり高くはなかった。そんな中、クンペイさんはボクのまだ評価されていない才能の一部を誰よりも認めてくれていた。そんなこともあって、ボクは彼から様々なアドバイスをもらった。クンペイさんは沢山の人から愛され尊敬されていたが、ボクは彼を兄貴分と慕っていた。そして、彼もそれをよく知っていた。
 1983年、ボクに失明宣告が下されたときから、ボクは同業者に会うのが辛くなり、1984年の暮れからは誰にも会わなくなっていた。そして1986年、失明を迎えるのだが、その直前、クンペイさんはボクの目の前に現れた。居場所をボクの母親から聞き出したとか。ボクたちは家族ぐるみの付き合いであった。
 失明と死の瀬戸際にいたボクに、クンペイさんは真心から接してくれた。後日、母親から聞いた話だが、彼はボクの失明を知ったとき、泣いたという。これも後日、画家仲間から聞いてわかることだが、クンペイさんは自分のことのようにボクの身の上を案じていたそうだ。そして、彼の到来はその後、多くの友人の見舞いの切っ掛けになった。
 失明し、人工透析を導入した病院には、クンペイさんの知らせによって数多くの友人知人が見舞いにきてくれた。そのことは、運命の別れ目にいたボクを、どれだけ勇気づけてくれたことだろう。
 退院してから、ボクは「失明記念個展」を開くことになる。この展覧会を先導したのもクンペイさんだった。
「エムに起きたことは、明日のぼくたちに起きることかもしれません。エムの問題は、ぼくたちの問題でもあるのです」
 展覧会のオープニングパーティーの二次会でのクンペイさんのスピーチである。クンペイさんは決して同情はしなかった。そして、いつも他人や他の生き物のことを、まるで自分のことのように感じていたのだ。これが詩人、東君平の根底にある優しさだった。
 クンペイさんは照れ屋だった。大勢の前で話すのは得意ではない。だが、心を許した少人数の前では、ユーモアにあふれるボードビリアンであった。ボクたちはどれほどクンペイさんに笑わせてもらったことだろう。
 失明後、ボクは生まれて初めての長編童話を書くことになる。その切っ掛けもクンペイさんのアドバイスだ。そして、ボクがその作品を書きあげる直前、東君平はこの世を去った。1986年12月3日のことである。

 現在、クンペイさんの遺族により、山梨県小淵沢(こぶちざわ)に「君平童話館」が運営されている。花々に囲まれた建物だが、これはクンペイさんが元気な頃、仲間のために用意した美術館になる予定の所であった。ここを訪れ、東君平によるシャープでシンプルな独特な味の切り絵による原画に触れたり、書籍やグッズを入手することもいいだろう。是非、クンペイさんの息吹を感じて欲しい。

 そして、東君平の著作は各地の図書館や書店で目にすることができるはずである。東君平の詩や絵や童話は、いつか必ず日本が誇る文化資産となるであろう。彼の存在は一部の人たちのためにあるのではなく、彼の作品を必要とするすべての人々のためにあるのだ。是非とも、この東君平の作品を、一度でいいから手に取って、その世界を味わって欲しい。

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