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◆ モーツァルトを奏でるクジラ達     サンリオ「詩とメルヘン」連載より

 海洋生物学者エム博士はワープロ画面から顔をあげました。いつか、魅惑的なサウンドが研究室を満たしていたからです。
「この響きはザトウクジラの歌じゃないかね。しかもブラームスだ。何だい、こりゃ?」
「さっき送られてきたCDなんですけど、世間じゃ評判という話ですよ。ブラームスだけじゃありません。モーツァルトやショパン、バッハまであるんです。聴いてみますか」
 助手はCDプレイヤーのリモコンを操作して曲をスキップさせました。
「当世流行のコンピューターによるトリックだろうか。それにしてもよくできている。いや、待てよ。これは作り物なんかじゃないぞ」
 思わずエム博士はワープロのスウィッチをオフにしてしまいました。おかげで執筆中の論文は台無しです。
「そうなんです。解説書によると、これらは世界の海で録音された正真正銘のザトウクジラの歌だそうです。このCDと一緒に国立水族館から調査依頼が届いていますけど…」
 もう、論文どころではありません。エム博士は椅子を立つと、ちょっとよろよろしてから、しゃっきりとなって叫びました。
「直ちに調査船の用意をしてくれたまえ!」
「そうくると思って、とっくに準備OKです」
 助手は窓のカーテンをさっと開きました。青い空と水平線。純白の入道雲。その下に浮かぶ海洋調査船。それを見たエム博士は靴もはかずに南の島の研究所を飛び出しました。
 波をけたてて進む海洋調査船の甲板で、エム博士は三百六十度の水平線を見渡して考えこんでいます。
「世界中の海でクジラ達がブラームスやモーツァルトを歌っている。クジラの歌は仲間から仲間へと伝えられるものだ。きっとどこかに最初の歌い手がいるに違いない」
 エム博士は見張り台の助手に叫びました。
「おーい。何か見えたかー」
「ザトウクジラ達はー、どこかに消えてしまったみたいですよー。一頭も見えませーん」
 空しい航海の続くある昼下がり、エム博士は双眼鏡を片手に居眠りをしていました。
「博士、博士。目を覚ましてください。水中マイクがクジラ達の歌を拾いましたよ」
 エム博士はガバと跳ね起きました。
「そ、そりゃ本当か。で、連中の歌はブラームスの子守歌かな。それともモーツァルトのナハトムジークかい?」
「いえいえ、ビートルズのイエローサブマリン。それも、ばっちりハモってるんですよ」
「よし。すぐに連中を追跡するんだ!」 
 エム博士は海中展望室へと急ぎました。鋼鉄の扉を開くと真っ暗な室内。耐圧ガラスの丸窓からもれるコバルトブルーの光線。そこはまるで小さな水族館のようでした。
「彼等の目的地はどこだろう?」
 遅れてやってきた助手に博士は聞きます。
「船のコンパスは南を示していますが。あっ。別の方角からも他のグループがやってきました。同じ海域に向かっているみたいですね」
「目的地は近いぞ。あっちからも、こっちからもクジラの群れがやってくる」 
「博士。どんどん海が浅くなっています。注意しないと船が座礁してしまいます」
「かまわん。真実のためなら船のひとつやふたつ、お釈迦にしてもどうってことはない」
 助手は汗を握りながら操舵室に指令を出し続けました。海は浅くなるばかり。でも、その海域の美しさと豊かさといったら世界のどんな珊瑚礁も比較にならないほどなのです。そして、とある一点を中心に無数の魚やクジラが群れ泳いでいるのでした。
「水中マイクのボリュームを最大にするんだ」
 瞬間、ふたりはオーケストラボックスの中心に置かれたような気がしました。
「実に見事なシンフォニーだ。海洋生物達が奏でる完璧なハーモニー。ん、ちょっと待て。ひとつだけ気になる音がある。この音色はチェロではないかな。そう。確かにチェロだ」
「あっ。沈没船です!」 
 助手が鮮やかにきらめき踊る色とりどりの魚達の中心を指さしました。
「もっと沈没船の近くに寄ってくれ。チェロの音源は、きっとそこに違いない」
 調査船は慎重にスクリューを回転させ、しずしずと沈没船に接近しました。それは小型ではありましたが豪華な客船だったのです。
「思い出しましたよ。数年前にこの海域で消息を断ったままの客船がありましたっけ」
「そして、その船には世界最高のチェロ演奏家、ゴーシェ・ケンジーノが乗っていた」
「何かが光っています。ほら、あそこです」
 海面からの陽光を浴びて輝く物体。それはガラス張りの展望室でした。温室を連想させるその構造物は沈没船のブリッジに無傷のまんま残されていたのです。内部には緑が繁茂し、枝には果物がたわわに実っていました。
「人影です。それも動いている。まさか…」
「ゴーシェは生きていたんだ。緑がくれる酸素と果実のおかげで。そして今も名演奏を続けている。美しい海の生き物達へ」
「すぐに救助しなければ」
「いや。野暮はやめておこう。君には見えないかね。ゴーシェの至福の姿を。この海洋生物の大群は名声に集まっているのではない。彼等は真実の音楽を求めてはるかな旅をしてきたんだ。聴きたまえ。彼等の壮麗なシンフォニーを。この交響楽こそ、私達の星、地球にささげる本当の音楽ではないかね」
「…」
「さあ、スクリューを逆回転させてくれ。静かにやるんだぞ」



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